意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

2013/12/13

 ところで私はその後、かつて通っていた中学の方へ車を走らせることはなかったが、web上の地図で中学の位置をチェックすることにした。それは、私がこれを書き始めて少し経ってから疑問が生じ、つまり西門はそもそも存在するのかという疑問だった。

 私は門自体の存在は間違いはないものの、それが西を向いているかどうかについては自信がなかった。地図を広げると、県道は学校の西側を南北に走っていたから間違いなく西門である。しかしそもそもそこは正門と呼ばれていた気もする。もうひとつの門は学校の北側にあった。私は自転車で通学していたが、徒歩で通学する人の方が圧倒的に少なく、それだけこの中学の通学区域は広い。私の家は通学区域の東の外れの方に位置し、学校へたどり着くためには、自転車で30分くらい田んぼの中を走らなければならなかった。しかし出発から到着まで全部が田んぼ道であったわけではなく、途中には国道をまたぐ交差点があり、そこには冠婚葬祭の時に礼服のまま食事ができるような食堂もあり、建物はオレンジ色の屋根の2階建てであり、私たちは信号待ちをしながらその建物を眺めていた。そこに、部活の先輩が信号待ちをしていたら挨拶しなければならないが、私はほとんど部活には顔を出さなかったので挨拶はしなかった。交差点から100mくらいの先には踏切があり、ある時そこへ運悪く閉じ込められた車が電車と衝突し、運転手が死亡するという事故が起きた。踏切と交差点の距離が短く、信号待ちの車が詰まって出られなかったのである。しかしそれなら何故、運転手は車を捨てて逃げなかったのだろうか? 私は気が動転していて、電車の方が止まってくれる、最悪衝突しても骨折する程度で済むと、人は極限状況ではむしろ自分に都合の良い想像ばかりしてしまうのかもしれないと考えた。

体育教師は、私は掃除のやり直しが済んだことを報告すると、とくにその成果を聞くわけでもなく、また私に謝罪を求める風でもなく

「ご苦労様、合唱コンクールの練習がんばってください」

 と労った。敬語でそう言った。教師は目が小さくサイのように硬そうな肌の教師だった。教師は常日頃から、人の目を見ながら話せと私達に指導したものだが、ひょっとしたら全く別のところを見ながら話しているようにも見えた。職員室は日当たりが悪いため、11月だというのにすでに暖房がつけられていた。

 

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