意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

2014/1/7

 そのあと1組の担任は、私の担任とキスがしてみたいと語り出した。私はさっき思いついた感想を発言したくてうずうずしていたが、話の流れからしてもうそのチャンスはないことを悟った。そもそも私は群衆のいちばん外側にいて、体格のいい男子のトレーナーの肩部分の隙間から光景を覗いていたに過ぎなかった。今でこそ私の背は、170センチ程度だが、当時で既に160近くあったので、後ろの方でも問題はなく、クラスでは後ろから3番目だった。

 誰も私の存在には注意を払っていなかったので、この場から離れても良かったが、もう少しこの場にとどまってもいい気もした。左手にはめた腕時計を見ると12時40分であった。この腕時計はデジタルであり、普段学校には盗難やトラブルの元になるとして、腕時計を持ってきてはいけないことになっていたが、そもそも私は腕時計など持っていなかった。今左手に巻いているのは、今日の林間学校のために親に先週の日曜に、イトーヨーカドーの4Fの時計売り場で買ってもらったものであった。私はそれ以前にも腕時計を持っていたことがあったことを思い出した。

 それははっきり何学年の時の話であるかは思い出せないが、東京都豊島区にある東武ストアの、1Fエスカレーター近くのガチャガチャで、たまたま腕時計が出てきたことがあった。東武ストア東武デパートとは違い、ただのスーパーマーケットだから、私の心はそれほど弾まなかった。しかし当時の私は、時計とは高価であると思っていたので、100円で腕時計が出てきたことに大変驚いた。しばらく興奮していたが、やがて家に帰った頃にはデザインは悪く、文字盤の外周は黄色いプラスチックでいかにも安っぽく、実際にはめて遊びに行ったら友達に笑われそうなので、どこかに置いておいたらやがて無くなった。ちなみに東京都豊島区には私のおばあちゃんちがあるので、家に帰ると言っても、腕時計を入手してから2日は経っていた。私の家は埼玉県だった。当時は長期休みの度におばあちゃんちに遊びに行き、長い時には1週間近く滞在した。

 私が左腕の時計で時間を確認した際、その手には空の弁当箱を持っているはずだったが、手の中にはなかった。私は弁当箱のことなどすっかり忘れていたので、最初は何も思わなかったが、再度1組の担任の顔を見た時に、そもそもなぜ私はこんなにも他のクラスの人間に混じっているのかを考え出し、それは弁当箱を捨てるために通りかかっただけの話ですよということにやがて気付き焦った。

 私はすぐさま足元を見たが、乾いた土の地面に所々雑草が生えているだけなので、取り乱した。私は右利きで、重要なものは右手で持つが、捨てるために持っていた弁当箱などは重要ではないので、当然右手にも何も持ってはいなかった。私は視野を広げて誰かが蹴飛ばしたりとか、あとは風が吹けば弁当箱は空なのだから、飛んで行っても不思議ではないのでけっこう遠くまで見たが、見えるのは1組の女子の脚だけであった。女子たちはみんな短パンを履き、スニーカーからは白や柄などの靴下が見えた。1組の女子たちの脚は、私のクラスの人たちよりも細く見えたが、ひとつだけ吹き出物がついたざらざらした脚があった。その人は3年と4年の時に同じクラスだった榎本かよこであった。榎本かよこは小学4年の時点で脇毛が生えているという噂だったが、私は見たことがなかった。

(続く)

第1回


2013/12/11 - 西門