意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

2014/2/6

 噂の根拠は今度の金曜に5時間目に授業参観があり、授業参観で引き出しのない生徒がいると、当事者の親からしてみたら気の毒な話だからだ。また、引き出しのある方の一部の親から、どうして引き出しのない生徒がいるのかと質問をされたら、面倒だと担任は考えるだろう。同じ理由で椅子のない生徒に関しても、参観日当日までには全て返されるだろうと噂が流れた。

 前述の通り私はその時にはすでに自分の椅子を取り戻していたので、戻ってきてもこなくてもどちらでもよい気持ちだったが、ある程度は興味があった。私は苦労して反省の弁を述べたのに、彼らは何もしなくても戻ってくるのでずるいという気持ちもあった。栗田みきも他の男子生徒2名も、外見上は引き出しが戻ってくることを楽しみにしている風には見えなかった。栗田みきは歯並びが悪く、髪の毛は茶色がかって一本一本が細いために髪型にボリュームがない。その髪はいつも赤いゴムでまとめられていた。

 やがて金曜日の参観日当日になったわけだが、それまでに引き出しが返ってくることはなかった。いつも通りに給食を食べ終わって掃除を行い、私の班は渡り廊下の担当だったので、教室から一時的に離れた。掃除のあとが昼休みだが、参観日ということで、すぐに教室に戻ってくるようにと指示を受けたので、私達はロッカーに道具を片付けて戻った。教室に入ると、窓際の担任のロッカーの上に、例の3名の机は積まれていたので、やはり返ってくるのだろうと私は思った。没収されたときと同じように、真ん中が栗田みきのオレンジ色の引き出しであった。
複数の引き出しが積まれているロッカーは背が高かったので、私たちは見上げるようにそれらを眺めた。

 担任はなぜきちんと謝罪しにこないのかと、私たち全員が席についてから怒ったが、あと5分もしたら気の早い親が来てしまうので、説教は大変コンパクトにまとめられた。授業参観は5時間目の算数の時間に行うことになっており、そこでは各自に配られた方眼紙を切り取って、立方体を作る授業内容だった。ハサミが必要だったのである。すぐに椅子を取り上げられた複数の生徒は全速力で音楽室へ向かい、かつて私がそうしたようにめいめいが好きな椅子を持って帰ってきた。引き出しに関しては担任が1人ずつ名前を呼び上げ、教卓の前で手渡した。今日の担任は深い緑色のワンピースを着て、新品のイヤリングを耳たぶに下げ、化粧がいつもより濃かった。引き出しを返す様子は賞状を授与しているように見え、栗田みきも何かをやり遂げたかのような晴れ晴れとした顔をしていた。

 

 ところで私と栗田みきはその後も、6年間同じクラスであり、中学に上がってからも同じ中学であり、中学も同じクラスになった。

 私と栗田みきは、性別も違ったので特別仲が良かったわけではなく、年に2、3度会話する程度であった。私が小学4年の時にいじめを受けた時にも栗田みきは教室のどこかにいたはずだが、私は全くおぼえていない。しかし席替えで席が近くなると、親しく喋ることもあった。その時に知ったが、栗田みきの親は中学校の英語の教師であり、家ではとても大きなアメリカザリガニを飼っていた。

(続く)

第1回


2013/12/11 - 西門