意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

意味を喪う(4)

「どのブログ?」
と、私は反射的に志村に訊いた。「棚尾さんのブログ」と言ってきたからである。私はブログはひとつしか持っていない。
「「意味を喪う」でしたっけ? 文字ばっかりのやつです。毎日書いているやつです」
「棚尾なんてどこにも書いてないだろう?」
私はブログの中では「築山」と名乗っている。
「そうですね。いや、読んだことないんですけど」
「俺じゃないよ」
「そうですか。でも同じことです」
「俺が言ったの?」
「社員データで見ました」
「社員データ?」
「社員のデータベースです。どこに住んでるとかが出てるやつ」
「そういうの、君が見ていいの?」
「あ、駄目ですね。駄目でした。見ちゃいました」
「誰でも見れるの?」
「いや、見れないですよ、個人情報ですから」
志村はそう言って笑った。言ってから笑ったわけではなく、最初から笑っていた。笑わないのは人を噛むときくらいである。私もムキになって訊いていたわけではなかった。読まれたらそれはそれでいいと思っていた。

しかしどうして会社が私のブログを知っているのか。志村が私に責められると思って、とっさに嘘をついた可能性もある。そのほうが良かった。会社が知っているなら、誰でも見られるということである。志村は「個人情報」と言っていたが、志村が見られる程度の情報なのだ。そのほうがいいかもしれない。そのほうが、とは社長や役員が見るということである。社長なんかには見られたくない、というほうが、余程子供っぽいからである。

役員とは、社長のお母さんと、弟と、父方の祖母であった。一族経営である。弟は先日常務になったばかりである。社長はまだ20代だ。父親である先代社長が、早くに死んでしまったのである。だから家族そろって父親の仏壇の前で、私のブログを眺めるというのも、オツなものである。私はブログには社長向けの記事もたくさん書いているのである。

私は2010年にこの会社に就職した。転職である。5月からハローワークに通い始め、8月から勤め始めた。採用が決まったのは6月の終わりで、それは面接していたその場で決まった。
「来月からでも、再来月からでもいい」
というので、再来月からにした。面接官はひとりで、アロハシャツを着ていた。クールビズだからである。建物に入ったときに、最初は女の事務員が応対し、彼女はスーツだった。その後アロハシャツが出てきて、
「今日は土曜だから」
とアロハシャツであることを詫びた。サングラスもかけていた。あとから聞いたらこの人は、カタギじゃないという話だった。左の小指に入れ墨をしていて、それがカタギじゃない証拠であった。普段は絆創膏を巻いていた。私はその男とは面接の後、一度しか会わなかったから絆創膏すら見る機会がなかった。今は定年を迎えてやめてしまった。