意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(5)

※前回

余生(4) - 余生

 

 後から数字の並びについて、私はそれはカレンダーではなく、フィボナッチ数だよ、と教えてもらった。

 玄関の先は廊下になっており右側が広間となっている。襖を開ければ中に入れるが、そこから入ると上手に出てしまうので、注意しなければならない。左側はトイレとなっており、トイレは男性用と女性用、さらにその間には身障者用のがあった。身障者用のは引き戸になっていて他の扉よりも大きかった。私は身障者用のトイレに入って用を足した。普通のトイレよりも清潔だと思ったからだ。身障者用トイレは普通の個室よりも断然広くて落ち着かなかった。

 私はトイレを出てからまっすぐ奥まで進み、お勝手に通じるドアを開けた。宴会のときなどは、そこには区長の奥さんたちがいて、飲み物の準備などをしていたりするが、今は誰もいなかった。もしその人たちがいたら、私は先に挨拶を済ませておこうと思ったのだが。

 お勝手には中央に肌色の木のテーブルがあり、真ん中には長丸のプラスチック製のお盆に、醤油とソースと七味唐辛子の瓶が載っていた。私は七味唐辛子は冷蔵庫で冷やした方がいいと、以前誰かに聞いたことがあったから、冷蔵庫にしまおうかと思ったが、私の家ではないのでやめた。冷蔵庫には磁石でゴミ出しの日程表が留められていた。私の家にあるものと同じだった。日程表の隣には町内の交流会の案内、つまり今日の集まりのことが出ていて、その日にちは確かに4月6日の今日に間違いはなかった。冷蔵庫の左側にグレーの色のゴミ箱が2つあり、片方が燃えるゴミでもう片方がビニール類であるのだろうが、見かけ上は同じなので、どちらがどちらなのか、特にあまりここに慣れていない人ならば間違えるんじゃないかと心配になった。流し台の脇には茶色の四角いお盆があって、洗いたてのガラスコップが逆さまに隙間なく並べられ、それを見て私は「やはり時間を間違えたか」と思った。完全に1人きりだと思っていたので、実際に声にも出してみた。私の声は、私自身では高いと思っていて、カラオケでも余裕で裏声も出せるが、つい最近

「低いよね」

 と会社の先輩に言われた。その先輩は去年の年末に離婚をしたばかりだった。私は反論したい気持ちもあったが黙っていた。そういえばここ数年はカラオケにも行っていなかった。