意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(28)

※前回

余生(27) - 余生

 


 それから数年後に私は美容院を変えるわけだが、そこは店用の駐車場がなく、しかしサイトを確認すると「P有」と出ていて電話をすると、駅前の有料駐車場に停めてくれ、帰りに割引券を渡すから、とのことだった。駐車場は葬祭場の隣にあって、柵の向こうに線路が見え、大変日当たりの良い砂利の駐車場だった。入口の発券機のすぐ前になぜか木が一本植えてあって、それは鉄パイプの柵でがっちり囲まれ、店に行くと受付の女の子が

「ぶつけませんでした? 結構キケンなんですよね」

 心配してくれた。女の子は赤紫色のベレー帽をかぶっていた。店は駐車場から少し歩いたところにあり、途中には弁当屋があり、弁当籠を持った作業着の男が数人私の前を横切った。線路に突き当たって右に曲がり、建物の2階が店であった。待合の椅子に座るとまず最初にアンケートがあり、質問項目の中には

〈美容師との会話は望みますか?〉

 という質問があった。私は迷わず

〈積極的に喋りたい〉

 に丸をつけ、その後カラーリングが始まると、すぐに自分には娘が2人いることを打ち明けた。髪を切ってくれた美容師は男で、そのときは2月でちょうど志津の卒業式が来月だったのでそのことを話すと、急に改まって

「おめでとうございます」

 と頭を下げた。私は、この人はこの次も店に来てもらいたいたくてこのように丁寧に頭を下げるんだなと解釈したが、安心もした。店の中は凝ったインテリアが並び、洋書の詰まった本棚があり、壁面の一部には無音で映画も流されており、私はこの店に似つかわしくない客ではないかと気後れしていたからだ。