意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(33)

※前回

余生(32) - 余生

 

「家で何をしてた時ですか?」

「洗濯物を干す時です。取ろうとしてかがんだら」

「何時頃」

「朝です。8時とかですかね」

 私はできるだけ間をあけずに答えるようにして、作り話かと疑われなよう気をつけた。洗濯物を干してぎっくり腰なんて、いかにも作り話っぽいが、作り話っぽいから真実味があるのかもしれないとか考えた。一方で整体師からしたら、こんなことは日常茶飯事であるから、こんな風にあわてる私が、滑稽に見えるのだろうなとも考えた。整体師は穏やかな口調で、

「もしかしたらこの件について問い合わせがあるかもしれないので、そうしたら今のことを伝えてください」

 と言った。もしかしたら

「決して間違えずに」

 と頭につけたかもしれないが、これは私の記憶違いかもしれない。

 私はかつて労働組合で働いていたことがあり、そこでは組合員に対してしょっちゅう

「仕事中の怪我は健康保険は使えない、必ず労災に加入するように」

 と指導していた。しかしそれでも1年に1度くらいは

「仕事で骨折したけど、健康保険を使わせてくれ」

 と頼まれることがあった。私たちは、仲の良い組合員であれば聞かなかったことにして使わせてしまうことがあったが、それでもそれは小さな怪我のときに限られ、骨折なんて大怪我なら結局はバレてしまうので、使っても無駄であった。

 ある時電話が鳴ったので出ると、低い声の早口で

「息子が足場から落ちて腰の骨を折った」

 と知らされ、名簿を調べてみるとその事業所は労災未加入であったから、実費でかかるように説明すると

「前は使わせてくれた」

 と怒鳴られた。健康保険が使えなければ治療費は10割負担だが、労災となれば自由診療となるので、同じ治療内容でも労災の方がはるかに高くつく。それでは気の毒なので場合によっては本部にかけあったりもするが、この人の場合は最初から横柄なので、私は冷たく

「実費でかかってください」

 と突き放した。