意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(34)

※前回

余生(33) - 余生

 

「前は使わせてくれた」

 という言い方も気に食わなかった。「前は」というのは以前この事務所にいたFさんならやってくれたということを指す。Fさんは、組合費の使い込みがばれて本部へ異動となったが、最後は自殺をした。

 

 読者の中には、私の対応はあまりにも役所的で横柄だ、労災加入は事業主の義務なのだから、組合の人なら組合員が全員加入するよう指導していくべきだと憤られる方もいるかもしれない。確かに私の至らない部分もあるが、これは労働保険のシステムの問題でもある。建設業の労災は元請け業者が全てもつことになっていて、つまり下請け専門の業者なら、自分で労災をかける必要はないのである。ただし事業主とその家族は別で、労働保険とはそもそも弱い立場の人のためだから、社長や役員などは、人を使う強い立場だから労災の対象とはならない。弱い社長もいるかもしれないが、社長とはそもそも現場には出ない立場だからどちらにせよ怪我の心配はないのである。もちろんこの考え方には無理があり、例えば独立して個人でやっている一人親方も社長になるので、やっぱり労災は必要なのである。そこで「特別加入」という制度ができ、社長とその家族はそれに入ることで補償を得る。

 前述の腰の骨を折った息子は、この特別加入に入る必要があった。しかし「うちは下請け専門だから」「息子は現場には出ない」と言われてしまえば、それ以上加入を勧めることはできないのである。 

 一方私の腰の方は、その後保険組合から問い合わせが来ることもなく健康保険でかかり、それから2ヶ月程で元通りになった。しかしたまには違和感があった。最初の練習でボールを投げたら翌日痛くなったので、次の練習からはパスすることにして、ザリガニ釣りへ出かけた。