意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(49)

※前回

余生(48) - 余生

 

 私がオカダさんの声だと思っていたものは、実は車の外から聞こえてきたもので、やがてその声は「とまれ」と発していることがわかり、オカダさんの奥さんは車を停めて、サイドブレーキを引く音が車内に響いた。私は奥さんが車を停めたことによって、初めて声が「とまれ」と言っていることに気づいた。

 それから何秒かの沈黙があり、私は声の主は、さっき座布団の山の前で煙草を吸っていた少年ではないかとふと思った。さっきは書きそびれたが、少年は目つきが鋭く坊主頭で、周りの参加者はみんな半袖なのにひとりだけ黒の長袖のジャージを着用してそれはぶかぶかであり、彼は細身であった。下はハーフパンツ、靴下は白の5本指ソックスの短いやつだった。私は暴走族か、ヤクザの類ではないかと疑い、なるたけ顔を見続けないように注意し、服やアルミの灰皿に視点を置いてて彼を観察した。ヤクザが何故K地区の慰労会なんかに顔を出しているのかは謎だが、例えばこう考えてみたらどうだろう? 今日の参加者の中に、実は消費者金融からかなり額のの融資を受けている者がいて、その人は期日になっても返済する素振りを見せずにやがて利子が膨らみ、ヤクザとは取り立て業者なのである。しかし今は貸金規制法がすすみ、乱暴な取り立てはできないから、ヤクザは辛抱強く債務者にまとわりつき、強引な理由をつけて慰労会にも参加した。ビールを飲まなかったのは業務中だからであり、そう考えるとこのヤクザは職務に対して誠実な人物と言える。

 債務者はオカダさんである。オカダさんはすっとぼけて慰労会の司会をしながら、参加者にビールを勧めて昼間の活動を労い、自分も飲んで酔っ払い、あとは帰り道に無関係の誰かを乗せて家まで帰り、そのまますぐに布団に潜り込んで寝てしまえば、業者も取りつく島もなく諦めて帰るだろうと踏んだのである。オカダさんは酔いつぶれていたEさんを、強引に車に乗せて第一の防御壁とし、さらに夜道をふらふら歩く私を見つけ、守りをより強固にしようと私に声をかけたのだ。