意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

2014/1/10

 私はこのまま用を足さずに教室へ引き返し、もう1時間我慢して授業を受けることに決めた。今がいつのの休み時間なのかはおぼえていないが、午後ではない。1時間目では寒すぎるので、3時間目の休みだ。そのときは三学期で、私は灰色のジャージを着ていた。Tは黒だった。2時間目の休みは業間休みと言って、他の休みよりも時間が長くて生徒たちは外へ遊びに行くので、Tとは遭遇はしないのである。4時間目が終わると給食なので、そもそも休み時間はない。

 読んでいる人の中には、次の4時間目の授業の途中で、私がオシッコを漏らしてしまうとか、体調を崩すなどの話の展開を期待される方もおられるかもしれないが、当時の私は、1日のオシッコの回数は極めて少なく、3回で十分に間に合い、学校ではトイレに行かないこともざらであった。今はだいたい4回か5回だ。そのため母親は、よく

「膀胱炎になるよ」

 と注意した。

 私は朝は必ずトイレに行くので、こうして3時間目の休みにに行こうとするのは大変イレギュラーなことであった。やはりその日はすごく寒い日だったのだろう。寒くても雪は振らなかった。もし降っていたら、外で雪合戦などをやるから、そこで汗をかき、オシッコをしようなんて思わなかったはずだ。

 トイレの床のタイルは冷たく、それが上履きを貫通して全身の体温をどんどん下げていき、私はその時灰色のジャージの上下という格好であったが、上にジャンバーでも羽織らなければ寒くていられなかった。しかし、学校内ではジャンバーを羽織ってはいけないルールで、羽織っていると教師に怒られた。

 すぐに教室へ戻ってストーブにあたろうと思い、私が出口を目指すと、Tは私にウンコがしたいのかと尋ねた。私はうっかり

「違う」

 と答えてしまった。途端にTは調子づき、ウンコという単語を連発しながら個室のドアを開けて私をそこへ押し込もうとした。私はそこからは口をつぐみ、私は嫌がるほど相手が調子づくことをその時には心得ていたので、つかんでくる手を何度もほどきながら、辛抱強く出口を目指した。

 さらにTは、私の上履きを便器に見たて、そこにウンコをすれば良いと提案してきた。このアイディアをTはとても気に入り、一気に上機嫌になり、手始めに私の上履きを脱がせようとしてきて手を伸ばした。弾みで私はTの人差し指を踏んづけでしまい、Tはキレた。私はしまったと思ってすぐに詫びの言葉を述べ、とにかく素早くTの近くから離れようとしたが捕まり、左顔面に思い切りパンチを食らってかなり痛かった。

 

 話を一ノ瀬くんに戻し、一ノ瀬くんはサッシ屋のTとは違い、そこまでの乱暴者ではないので、私は後をついて行って、一ノ瀬くんの馬鹿げた行動、1組の担任が私の担任とセックスをしたがっていることをバラすことを阻止しようとした。阻止する方法については幾つか浮かんだが、その時私は弁当箱が見つからなくてむしゃくしゃしていたので、いきなり肩をつかんで振り向かせて殴ってしまおうかと思う。実際、1年前のいじめを克服する手段として、私は父親にケンカの手ほどきを受け、とにかく狙うのは鼻っ柱、顔の真ん中をパンチするのが良いとアドバイスを受けた。パンチをするのには理由があって、もしこれが拳ではなく平手であれば、相手の鼓膜を破ってしまう恐れがあるそうだ。

 私は強気になって、当時いじめる側の1人を殴ってみると相手は意外に脆く、泣かすことに成功したが、その時は帰り道の途中で相手はひとりだったからうまくいったのであり、その翌朝、私は便所のTを中心に集団でぼこぼこにされて泣いた。

 一ノ瀬くんはいじめる側では武闘派ではなかったので、特に殴ったことはないが、私はうまく泣かすことができるだろうと思い、私の歩幅はどんどん広くなり早く一ノ瀬くんを殴りたくて仕方がなかった。しかし前述の通り一ノ瀬くんはサッカー少年団で足が早く、なかなか捕まらない。一ノ瀬くんは冬のマラソン大会でも、いつも1位を狙うくらいの脚力だ。対する私は小学2年の時に4位をとったのが最高で、この時は生徒の半数くらいが転倒し、レース自体がかなり大荒れだった記憶している。それでもやはり4位はすごい。その時私は賞状をもらい、賞状はてっきり朝礼の時に、朝礼の司会をしている教務主任に、クラスと名前を呼ばれ、ステージ上で校長に渡されるものだと期待したが、実際は朝の会で担任に渡されただけなのでがっかりした。教務主任は眼鏡をかけた女性で、卒業式などではピンク色のスーツを着用した。

(続く)

第1回


2013/12/11 - 西門