意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

2014/1/27

 私は売ると聞いた時には、例えば農協であるとか、そういうしかるべき施設に行って買い取ってもらうことをイメージし、それなら大して驚きもしなかった。しかし大叔父の話では、祖母の家の裏口に面しているのが、かつて弟のはねられた道路であるが、そこの道路で信号待ちをしている車に、バケツに採った野菜を売って行くというので、私はびっくりしたのだった。弟もそうだったに違いないが、私のほうが歳が上だから、赤の他人に声をかける役目をやらされるのだろうと思い、憂鬱な気持ちも生まれた。私は当時はすでに中学生か高校生になっていて、人見知りが激しかった。

 大叔父は酒飲みであったが酒癖が悪いわけではなく、子供の私に合わせた話もよくしてくれたので、私は大叔父には比較的好意を抱いていた。具体的にどんな話をしたのかは、もうおぼえてはいないが、唯一おぼえているのは、大叔父は当時すでに肝臓を悪くしており、焼酎をストレートで飲んだ時に誰かが注意をしたら、腹の中で割れば良いと言い返し、後から水をごくごく飲んだことだ。

 あとは一緒に墓参りをした時に、突然小便がしたいと言い出したので、私の家の墓は墓地のはじっこのほうにあって、すぐ竹藪があり、大叔父は竹藪に数歩はいると立ち小便を始めた。みんなが見えるところでするところも豪快だったが、それよりも少し経つと大叔父は両腕をだらんとしたに下ろし、自分の陰茎を押さえずに小便を続けたので、私は器用な人だなと思った。
私たちが道路に出ると、やはりその道は渋滞していた。大叔父は手始めに緑色のセダンの助手席の窓をノックし、窓が開くと中には中年の女がいた。運転席には中年の男がおり、この2人は夫婦でありこの辺りに住んでいる風ではなかった。

 大叔父は丁寧な口調でそこで獲れた野菜なんですが、良かったらどうですかと話し、女はサングラスをかけた上品な、中年というよりも初老の女性で、やがて話はまとまった。しかし売ると言ったものの、例えば私のバケツの1番上にある茄子はいくらの値段をつけるのか、私は野菜の値段の相場がわからなかったので、その辺は大叔父に全部任せようと思い、余計な口ははさむまいと黙った。

 しかし後部座席の窓が開くと、大叔父はそこに野菜を入れろと私達に指示を出した。私はおそらく2回は聞き返したが、全部入れろと言ったので、早くしないと信号も青になってしまうので、私は大急ぎで後部座席にバケツの中身をあけた。次に弟も私の動きを真似して、こぼすことなく全ての野菜を放り込んだ。後部座席にはゴールデンレトリバーのような大型犬がいたので、犬は突然頭から野菜をかけられたので大変驚き、座席の窓から顔を出したが、大人しい犬なので、吠えたりはしなかった。

 突然知らない人から大量の野菜を譲り受け、初老の女性は嬉しくなってしまったのか、声が上ずって早口になり、あらまあこんなにみたいな言葉を何度も繰り返した。そして財布を取り出すと、小銭はこれしかないと言って、200円を大叔父に支払い、そしてどうもありがとうと言った。しかし信号はなかなか青にならなかったので、しばらくその場にとどまって女の人は前を向いて黙り、やがて走り去った。大叔父は200円を100円ずつ私と弟にくれ、その年以降は祖母の体調は良くなったので、祖母が畑は自分で取り仕切り、もう私たちがかりだされることはなかった。

(続く)

第1回


2013/12/11 - 西門