意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(3)

※前回

余生(2) - 余生

 

 それから20年以上が経ち、私はヤナカの家に行くのは随分久しぶりだったので、流石に庭のゴルフコースはないだろうが、カップの穴の名残だとか、または完全にそれが消えてしまっても「この辺りに穴を掘ったよね」みたいな会話ができるのではないかと期待した。

 私は妻の車の運転で、子供たちと一緒に業務用スーパーへ向かった。そこは私の家からは近所にあって、裏道から一本で行けるので裏道を通っていき、途中には工場があってフェンス沿いに桜が植えてあった。桜は週の途中で満開を迎えたが、昨晩はかなり強い風が吹いたので、道には既に散った花びらが積もっていていた。工場は玩具工場であったが、外から見た感じでは、玩具を製造しているようには見えなかった。何年か前に妻が、そこでパートをしているという知人に、余った玩具をもらったことがあった。幼児用の、プラスチック製のタイヤがついた乗り物であったが、色は青で子供は女の子だったので、子供はあまり喜ばなかった。乗り物は部屋の隅に放置され、いつまでもぴかぴかのままだった。

 駐車場に車を停め、近くに友人の車はなかったので、私たちは一番乗りだということがわかった。ポケットから携帯を取り出すと2時3分だった。先に中で待っていることにして、後部座席のネモちゃんをチャイルドシートから降ろした。ネモちゃんは私の友達とは1年ぶりくらいに会うので、緊張していて、昨晩は挨拶の練習をした。「こんにちは」を10回言うと自らにノルマを課し、しかし夜寝ると忘れてしまう恐れがあるので、紙に書いて壁にセロテープでとめた。壁紙はざらざらして剥がれやすいので、セロテープは長めのものを2枚とった。貼り付けられた紙は、元は私の会社で印刷された出荷一覧で、期間が過ぎたものを、私がもらってきたものだった。