余生(22)
※前回
「志津はいつも元気がないなあ。ちゃんと早寝してる? 夜更かししてるんじゃなくて?」
「はあ。そうですか」
そのときはもう私はだいぶビールを飲んでいたので、ぶっきら棒に応対した。老人は交通安全のボランティアで、毎朝志津と会っているとのことだった。
家に帰ってから妻に聞いてみると、どうやらその人は民生委員のヤマグチというらしい。ヤマグチは地区の小学生の登下校をボランティアで見守っているが、挨拶のテンションで人の健康の良し悪しを判断するタイプのようだ。私はこの手の考えが嫌いなので、ヤマグチに無愛想にする志津のことをほめてやりたい気持ちになった。家に帰るときに、余った寿司を詰めてもらったので、私はそれを下げて自転車に乗って帰り、それをあげることにした。寿司の容器は円形で広いので、私はひっくり返さないよう慎重に運転をした。志津はそのときは小学6年で育ち盛りで背も大きい方だったので、寿司をもりもりと食べた。ただしエビだけは食べると口の周りが痒くなってしまうので、エビはネモちゃんが食べた。妻もいくつかつまんだ。
私がそのあと2階から寝巻きを持って風呂に入ってから出ると、妻は9時台のドラマを見ながら志津にヤマグチにちゃんと挨拶するようにと叱っていた。私は
「子供が愛想よく挨拶するなんて、大人に媚びているみたいで気持ち悪いし。今度ヤマグチに会ったらもう挨拶しなくていい。無視しろ」
と口を挟んだ。「しなくていい」という言い回しが父親っぽくて、嫌だった。妻は
「それはいけないでしょ、挨拶できないのは問題だ」
と言い返し、私と妻はそのあと口喧嘩になった。志津は挨拶がしたいともしたくないとも言わなかったので、どう思っていのかはわからなかった。私は酔っ払っていたので、もう寝ることにした。寝る前にしかし志津はもう6年生なのだから、少しは媚びてもいいのかもしれないと思った。