意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(24)

※前回

余生(23) - 余生

 

 先輩は

「子供には自分がなにやってるか教えてない」

 と言い出した。雑巾は大量にあったが、雑巾用ハンガーは2つしかないために干しづらく、誰か担当を決めて他の人は別の作業でもすれば良かったが、もう夕方で片付けも終わっていたので他にすることがなかった。

 この志津のエピソードは取り方によっては、親を敬うことのできない現代の子供の悲劇となりそうだが、私は私だってこんな仕事は進んではしたくないと思っているので、志津の言葉は当然だと思い、何のショックも受けなかった。それが悲劇なのかもしれない。するとH・Kくんが

「お前は誰の金で買った服を着てると思ってんだ、とか言わないんですか?」
 ときいてきた。もちろん冗談だったので、まわりのみんなは笑い、私も敬意を表して1番大声で笑った。B男は左耳があまり聞こえないので、雑巾を干すことに集中していた。

 私はふと、H・Kくんの家は自営業だと聞いていたので、自営業の親はそういう風に言って子供を叱りつけるのではないかと考えた。「服」と言ったのだから、なにか服飾関係のお店を開いており、そして失礼な想像だがH・Kくんの実家の店は売上が悪く、年中「誰の金で――」のやりとりが食卓で交わされていたのかもしれない。

 そう考えるとH・Kくんはもっとがつがつした性格になってもいいような気がする。こんな給料の安い、やりがいもない仕事ではなく、不動産の営業でもやればいいのだ。H・Kくんは今の生活を「余生」と語っていたことがある。H・Kくんは私のひとつ下の年齢で、私は「余生」という言葉に驚き、感心もしたが、一種の強がりではないかとも受け取った。H・Kくんは中学時代は野球部に所属していて、人生のピークはその3年間だった。