意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(26)

※前回

余生(25) - 余生

 

前述の通り妻は家族と浅草へ行き、しかも先ほどスカイツリーに行くという連絡がきたので、私は駅まで行く足について考えなければならなかった。駅までは私の家から4キロほど離れている。駅まではバスで行けるが、お酒を飲むとなれば帰りの時間が読めないし、時間を気にして飲んでも楽しくはない。それならタクシーに乗って帰ればいいのだが、「タクシー」という単語を口にすると、妻は途端に機嫌が悪くなる。それは私が料金を支払う場合でも変わらない。妻は帰りは自分が車で迎えに行くと言い張るが、私の家から浅草までは2時間はかかり、さらにスカイツリーに登るのは9時になってからというのだから、飲み会の場所を都内に変えなければ迎えは無理だった。結局私は自転車で駅へ向かうことにした。

 駅へ着くと有料の駐輪場に自転車を停め、改札前で友人を待っているとメールが入り、人身事故があって15分くらい遅れるというので、私は本屋を眺めたり、壁のポスターを見たりして時間をつぶした。ポスターには鉄道開業80周年と書かれていて、駅名の由来が書いてあった。駅名は私の住む市の名前だったので、市の名前の由来でもあった。改札の反対側に窓があって、窓は換気のためにわずかに開き、そこから線路を見下ろしているとやがて電車が来た。私は改札に意識を集中して、改札を通る人々の中からYさんをいち早く見つけ出そうとした。というのも私は半年ほど前に髪型を変えており、オレンジブラウンに色も染めたのでいたので、Yさんが見落とすことも十分考えられたのである。それまでの私は比較的髪は長めで、美容院へも3ヶ月に1度しか行かなかった。当時切ってくれた美容師は私よりも5歳上の女性だったが、私に

「耳を出す髪型は絶対に似合わないからやめた方がいい」

 と忠告し、私はそれを守った。1年ほど前にこの美容師は2度目の産休に入り、1度目の産休のとき、代わりに私の髪を切った美容師は男で他のスタッフからは「先生」と呼ばれていたが、先生は大変握力が強いのか、肩を揉んでもらったあと翌日にはひどいもみかえしになってしまった。