意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(59)

※前回

余生(58) - 余生

 

 終バスが10時57分だとしたら、10時50分まで粘ってバス停まで走れば、話したいことも十分話せるだろう。そうでないのなら、たとえば終バスが10時3分なら、「バスの時間があるから」と無理に話を切り上げてしまうのも手だ。だいたいYさんとそこまで話すことなどもないのだ。しかしタクシーという選択肢もあるのに、バスのことばかり気にするのは、Yさんの心象を悪くするかもしれない。タクシーは高いから、と正直に話せばいいのだが、独身者のYさんには私が言っていることのニュアンスは伝わらないだろう。

 すでに述べたかもしれないがYさんは私の大学時代の先輩で、Yさん以外にも仲のいい同級生や先輩はいたのかもしれないが、今となっては名前すら思い出せない。私とYさんはとあるサークルで知り合い、そのサークルには私は2年から入ったので、しかも私は男であったから、その中で私はとても浮いていた。女であったら周りからちやほやされてもっと馴染んだのかもしれない。私以外はみんな1年から入っていた。私は自分が浮いている事態をどうにか打破しようと思い、私はサークルの中の中心的な人物のそばを、なるべく離れないように心がけた。その人は、私よりも学年がひとつ上で、しかし何年か浪人しているので、実際はいくつ年上なのかはわからない。実家は美容院を経営していて、車は白のトヨタ製のワンボックスカーを自分用に所有していて、サークルの旅行などでは(そのサークルは旅行サークルだった)必ずその車を持ち出していた。夏の旅行では、そのころまでにその人と仲良くなっていた私は、車の助手席を陣取ることができた。当時の私は、まだ車の免許を持っていない私だったので、その人のワンボックスカーは巨大な建造物のように見え、助手席のシートに昇り着くまでに、随分手間取った。しかしその様子を悟られないよう素早く私はシートに座った。