意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

余生(64)

※前回

余生(63) - 余生

 

 酔っ払いといえば、私が組合で働き始めたとき、それは前に述べたとおり建設業者の組合で、私はそこに勤める直前まで、とあるマンツーマンの塾にアルバイトとして勤めていた。3月に受け持っていた生徒が第一志望の高校に受かり、私はそれから職安に行って組合の仕事を見つけたので、そのことを塾長に報告した。塾長はBMWに乗った背の低い男で、髪は真ん中できっちり分けられており、少し太っていた。講師の間では芸能人の誰かに似ているという話だったが、それが誰であるかは忘れてしまった。塾長の席は、塾長と言ってもこの人は経営者なので直接生徒に教えることはなく、いつも8時過ぎにやってくるのだが、入口に入ってカウンターの向こうの左の席なのだが、そこにはノートパソコンが置かれていた。以前私は生徒の名前を間違えて報告書に書いたことがあったのだが、このとき塾長はこのパソコンのワープロソフトを立ち上げて、生徒の名前を打ち込み、それを何倍も何倍も拡大してどこが違うかを指摘して、私に注意したことがあった。こう書くといかにも嫌味ったらしいやつだが、本当は生徒の名前はとても書き順が多いので、親切のつもりで拡大したのかもしれない。

 塾長に就職が決まったことを報告すると、塾長は

「おめでとう」

 と言ってくれた。そして

「職人はとにかく沢山お酒を飲んで付き合いが多いから、それに付き合ってたくさん飲めないと勤まらないよ、特に川口の職人はたくさん飲む」

 とアドバイスをくれた。私はそれほどたくさん酒を飲めるタイプではなかったので、その言葉に不安を覚えたが、もう採用は決まってしまい、今日の昼間は指定された労働金庫に通帳を作ってしまってきたところなので、もう後戻りはできなった。労働金庫は駅前の神社の裏手にあり、神社の真裏にはテニスコートがあって、テニスコートの道向かいが、労働金庫だった。テニスコートでは中学生のテニス部が練習をしており、ちょうど前衛の人たちがネットの脇から並んで、順番に後衛の人が高く上げた球をスマッシュで打ち返す練習をしていた。私は中学のときはテニス部だったので、この練習をしたことがあったのでわかった。私は1年のときは後衛であったが、途中から人数合わせで前衛になった。後衛も前衛もやったことがあるのは私だけだったので、私はそれだけで他の人よりも上手くなった気がした。実際は下手くそだった。