意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

20140121の夢

 私はその日は初めての配送業務担当となり、宇都宮まで荷物を運ぶことになっていた。

 

私は普段は配送の仕事はしていないので、夢の中でもそのことは認識していたので、若干の緊張感があった。私はトラックを運転したことがなかった。

 しかしいざ出発という時になって、とある部品についている金具のピンがひとつないことに気づいた。通常ならそんな細かいピンの有無など、気にはせず、ましてやトラックを発進させる直前に気づくわけもないのだが、私は見て気づくというよりもインスピレーションが頭の中を走ってピンがないことを認識した。私は夢の中であったが、そんなピンなどは無視をして出発すればいいと思った。ピンの予備くらい営業所にも在庫があるだろう。上司に相談するのが一番だが、上司はまだ出社していない朝早い時間だった。

 仕方なく私はピンを探し始め、探している場所はなぜかブロック塀を積み上げて作った簡素な小屋で、そこは今思い返すと去年の夏に訪れた山中湖の貸別荘地帯にあるゴミ捨て小屋のようだった。山中湖の貸し別荘は、私たち家族が友人夫婦と泊まった。玄関は2つあり、隣はまた別の家族が泊まっていたので、先に到着した私たちは、車の置き方に注意する必要があった。朝になって片付けを行い、ゴミを捨てに行く役を私は買って出た。台所の壁には共同のゴミ捨て場の地図が貼られていて、2つ目の交差点を左折して少し行けば到着することになっている。しかし地図は、マジックが交差した部分をただ「交差点」としただけの、大雑把なものだったので、とても到着する感じがしない。加えて私は方向音痴だった。私は

「わかんなかったら帰ってくるよ」

 と言ったらみんなは納得した。

 しばらく白樺の木がまばらに生えた道を歩くと、思いがけずゴミ捨て場には到着することができた。私はゴミ捨て場とは、屋根のないものだとばかり思っていたので、遠目にそれを認めたとき、薪置き場とか消防の施設ではないかと思った。あるいはそういうのを兼ねたゴミ捨て場ではないかと。しかしゴミ専用の小屋だった。中へ入ると壁際に分別されたゴミが、かろうじて秩序を保ちながら積み上げられていた。私はそこで小さなピンを探していた。

 いつのまにか場面が変わり、私は別のゴミ捨て場にいて、そこは私の実家のゴミ捨て場で、そのゴミ捨て場は坂の頂上にあった。坂の下には運動場があって、小学生の時には夏になるとそこで球技大会が行われた。男は野球で、女はソフトボールだった。私は6年になると、センターで先発したが、盗塁に失敗したらすぐに交代させられた。

 ゴミ捨て場で誰に会うのかと思ったら、かつての高校3年生の時の担任で、担任は自分のクラスの生徒を連れて歩いているところで、私が見る限りは学ランを着た男子ばかりだったので、女子は後ろの方に居たのではないだろうか。

 担任は私のことを、10年前の教え子であると生徒たちに紹介をした。しかしそれは夢が覚めてから考えると嘘であり、私はすでに高校を卒業してから20年近く経っている。しかし10年前でないと辻褄が合わないから夢の方で調節した節があり、辻褄とは、私のかつての担任は私が高校の時から既に高齢であり、卒業後20年も経ってれば既に定年を過ぎていて、生徒を引き連れるという図式が成り立たなくなってしまう。

 しかしさらに思い出すと、私が高校3年生の時にはすでに担任は59歳とかで、私が卒業した次の年には定年を迎えたので、10年後でもやはり辻褄は合わない。私たちは、お好み焼き屋で、元担任の定年を祝った。

 私はこの担任に生きて会えたことに嬉しくなった。今日の仕事が終わったら、当時の友人に電話して

「Sのやつ、生きてたよ」

 と言おうと思い、その場面を想像して私は興奮した。その友人とは今でも交流があってたまに遊んだりもするのが、しかし今の時代は電話よりもメールで用を済ますことがほとんどで、しかも携帯電話で話をしたら一体通話料がいくらになってしまうのか心配で、とても話に集中はできない。しかしかつての担任にたまたま出会えたことはかなりのビッグニュースなので、私はその担任を慕っていたが、お好み焼き屋の後は1度も会う機会はなかったので、その友人とももう死んだかなあと話をしていたところだったので、生きて会えたことは大変大きなニュースだったのです。

 そのうち、ゴミ捨て場のそばにいた生徒の1人の学ラン姿が、私のことを「かわいい」と評価し、しかし私は男であり、会ったばかりの人にそんなことを言われたので面食らってしまった。私はなぜ彼からかわいいと言われたのかを考え、それは私が30を過ぎたのに髪の毛を茶色く染めているので、そういう行為がかわいいという言葉につながったのでは? と考えた。本当はもっとふさわしい言葉があるはずなのだが、彼のボキャブラリーが少ないので、かわいいという言葉になってしまっただけの話だ。

 それから私は宇都宮に到着し、トラックを運転して私が高速道路を走る描写は夢の中では全くなかったので、一瞬でついてしまった。そこでこれから帰る旨を、上司に1本電話を入れておいた方がいいのか迷った。それは前任者がいつもはどうしていたのかを知らされていなかったためであり、しかし電話は入れておくことにした。

 そこで私は入り口にあるカウンター上の電話を借りることにし、近くの事務員に声をかけると、私がいつも通っている事務所の方の事務員がいたが、夢なのであまり不思議には思わなかった。奥には課長の姿も見えたが、課長はこちらを見ることはなかった。私は短縮ダイヤルで電話をかけようと思い、最初は当てずっぽうでかけてやろうと思った。というのは、事務員の女性だって自分の仕事があるのだろうから、それなのにあまり声をかけては悪いと思ったからである。女事務員は去年の秋に産休から復帰したばかりだったが、部署が違うので子供の話はあまり聞かず、今でも独身に見えた。

(続く)

第1回


2013/12/11 - 西門