意味を喪う

「意味をあたえる」のfktack( http://fktack.hatenablog.jp/ )の小説です。不定期に更新します。

2014/1/9

 ところで私はこの文章の少し前で、1組の担任が自分の恋心を打ち明けたところで、それを相手である3組の担任にバラすような野暮は、6年生はしないと述べたが、林間学校は実際は5年生の行事なので間違っていた。林間学校も正式には「宿泊学習」という名称だった。その後続けて

「6年生はそういう年齢なのだ」

 と書いたが、私たちはまだ5年生だったので、生徒のひとりの一ノ瀬くんは、早速1組の恋心を3組の担任に報告しようと笑いを堪えながらその場を離れた。一ノ瀬くんは背が低くて坊主頭であり、サッカー少年団に所属していたのですばしこかった。1組の担任は一ノ瀬くんがその場を離れたことに気づかずに話を続けた。

 一ノ瀬くんは下の名前をかずいちろうと言って、苗字とあわせると名前の文字数は10文字となり、この珍しい特徴のためにクラスでは人気者であった。また、家は農家で祖父母とも一緒に暮らしていたので家屋も大変大きくて玄関も広く、床にはワックスがかけられていてぴかぴかに光っていた。

 1組の誰もが一ノ瀬くんが離れることに気づかなかった中で、私だけが彼の行動に気づき、と言うのは実は一ノ瀬くんは4年の時に私をいじめていたメンバーの1人であり、私は1組の担任に近づいてすぐに彼の存在に気付き、それ以降は半ば無意識のうちに、定期的に彼の表情と動きをチェックしていたのである。クラスが変わった今でも、いじめメンバーは単独で私にからんでくることがあるからだ。

 例えば、これは一ノ瀬くんではないものの、やはりサッカー少年団に所属していた短髪の、家はサッシ屋を営んでいるTが、ある日トイレの前で私に突然、私の上履きの布地が雑巾に似ているため、今日からあだ名を雑巾にすると宣言した。その頃は私もいじめに対しての心構えはだいぶ出来ていたので、無視をするか適当に話を流すかして、あとは自分の教室へ逃げ込んでしまえば、もう私は5年になって彼とは違うクラスなので、彼は追ってくることはもうできないのである。そもそも上履きの布地部分は誰もが共通で、私だけが雑巾と呼ばれるいわれはない。しかし私はトイレに行きたかったので、その間はなんとか耐えなければならなかった。緊張しながらも、なんとかその緊張を悟られないようにしながら、彼とのやり取りを、笑い話の方向へ持っていけないかと思案した。何か滑稽な言葉を思いついたり、別の興味を抱かせる話題を提供できれば、いじめという間柄は一時的であるにせよ解消できることを、その時の私はわかっていた。

 トイレのドアを開けても当然Tはついてきて、ドアは銀色の金属製の扉で真ん中に大きな磨りガラスがはめられ、ある時そのガラスを拳で思い切り割ってしまった生徒がいたが、それは私が中学になってからの話であった。つまり、今私が入ったトイレとは中学校のトイレであった。床に貼られたタイルにはわずかな傾斜がつけられており、真ん中には排水溝の円形の蓋が見えた。私が入った時には誰もいなかったので、私は1番奥の小便器を使用するつもりで数歩進んだところで、もしこのままオシッコをすれば無防備な姿となり、後ろにいるTにズボンを下ろされる可能性があったので、私は立ち止まった。

 さらに私の考えは以下のように続く。

 しかしながら今現在トイレには私とTしかいないので、たとえズボンを下ろされたとしても目撃者はいないので、私は実質恥をかいたことにはならない。Tは自分の教室へ帰ればすぐにこのことを言いふらすだろうが、嫌がる私自身は別の教室なので、周りも大して興味を抱かずに次第にTも飽きるだろう。

 そもそもTが私の背後に立って本当にズボンを下ろすのかという問題があるが、Tは比較的モラルの低い生徒なのでやってしまうだろう。Tはサッシ屋の息子として甘やかされて育てられており、Tの部屋は夏場は、業務用のエアコンで凍えるくらいに冷やされている。野良猫のまぶたを接着剤で貼り付けてしまったこともあった。

 私はしばらく立ち止まって考えながら、トイレの1番奥にある窓を眺めるふりをしたが、「ふり」なので何も風景は見えなかった。窓の上には換気扇があった。

(続く)

第1回


2013/12/11 - 西門