余生(51)
※前回
ところで私はこの芸能人の水泳大会の番組を、父親と一緒に観ていた。その時母は台所で洗い物をしており、妹と弟はそこら辺にいたのかもしれないが、忘れてしまった。私は父のことばかり意識していた。
私と父は居間でテレビを観ていたが、テレビは部屋の南東側の角に設置され、私の席はだいたいテーブルの南側と決まっている。さらに厳格に決められていたのは父の席で、父は西側の柱の前であり、そこは家全体で見ても1番の西側である。東寄りに玄関のあった私の家からしたら、最奥部でもあった。父の席には座椅子が設置されており、そこには父がいる時はもちろん、たとえ不在でも他の家族が座ることは許されなかった。しかしそれは建前の話で、やはり家中ただひとつしかない座椅子に座ることは気分が良かったので、兄弟間ではしょっちゅうこの座椅子をめぐる喧嘩が起きた。
話を整理すると、テレビと私と父の位置関係としては、テレビと父の間に私が、やや父から見て右にずれた位置に座り、私はテレビと父を同時に見ることができなかった。私は芸能人の水泳大会を観ながら、常に背後からの父の視線を気にしていた。たまに私が振り返って父の様子を伺うと、父の視線はテレビの画面を捉えたままで、私と目が合うことは一切なかった。私は、父は夏だったので黄色い綿のショートパンツを履いていたが、父も勃起しているかどうかはよくわからなかった。父はショートパンツを履く前には作業用の長ズボンを履き、庭の畑でキュウリとナスとトマトを収穫していた。キュウリは大きく曲がり、ナスとトマトには、表面に傷がついていた。私は、素人の作る野菜だから不格好なんだと解釈した。それから汗をかいた父はシャワーを浴びて、ショートパンツに履き替えた。
私の記憶は定かではないが、水泳大会にチャンネルを合わせたのは父である。それなのに、気まずい思いをするのは、私ばかりで、しかし今考えてみると、それが父の威厳ではなかったかと思う。