余生(52)
※前回
現在では視聴者の苦情が多数寄せられたのか、世の中の嗜好が大きく変わったせいなのか、水泳大会が放送されることはなくなった。それに伴って家族の中での父親の役割、ポジションも大きく変わったのである。私は先日、河合隼雄の「心の処方箋」という本をブックオフで見つけたので、買って読み、レジでは黒いユニフォームの店員に、
「メール会員への登録はお済みですか」
と聞かれた。手を振ると、そのまま無言で会計は終わった。私は比較的ブックオフにはよく来るので、あるいはメール会員になった方がお得なのかもしれないが、いつも尋ねられるだけで一向に勧めてくることはなく、私は物足りない思いをする。
「心の処方箋」には父親の威厳に触れている箇所があり、たしか今のご時世では父親の威厳を保つのは困難であり、その理由は情報化社会が進み、子供でも大量の情報を保持することができ、父親の方が気を抜くと、すぐに知識で子供に負けてしまうからだとあった。私はそれについて大いに納得できる部分があった。しかし、この本で言っている「今」とは30年以上前のことである。すでに河合隼雄も亡くなり、この本の中では父親の威厳とは、あって然るべき、という考えに立って論じられているが、それすらも崩壊しているのかもしれない。
やがて交通違反の切符を切られたオカダ夫人が戻ってきた。
それから、半年が経ち、5月の連休が明けた。連休前に学校へ行きたくないと言っていたネモちゃんは、東京スカイツリーに登ったらリフレッシュできたらしく、平日になると自分から早起きして玄関を出て行った。代わりに会社に来なくなったのは派遣のノグチだった。ノグチが最初に休んだのは木曜日で、ノグチは朝に
「胃が痛いから休ませてください」
と電話をし、その時は上長はまだ出社していなかったので、事務の人が電話を受けた。朝礼で報告を受けた私たちは、酒の飲み過ぎだろう、と笑った。と言うのも、ノグチはまだ20代でありながら、すでに中年体型となっており、よく友達と朝まで酒を飲むと話していたからだ。中年体型と言うと、洋梨の形のような腹部分が1番出てたるんでいるような形をイメージするが、私は、ノグチの場合は寸胴のように、胸から尻にかけて満遍なく肉がついているので、ある意味その体型は若さの象徴なのかもしれないと思った。